小さい頃 虐待を受けたらトラウマになるのか。
・・・そうなる確率は高いと思います。
私自身、ほぼ毎日母から平手打ちをくらってましたし、母の機嫌が悪い時は
往復ビンタだったり、竹で出来てる柄の長いホウキの柄の部分で背中を殴られたり、お尻を手が痛くなるまで叩かれ続けたりしました・・。
「産まなきゃ良かった」と小学一年生の時に言われ、食事抜きの時もありました。
『早く大人になりたい!!早く大人になりたい!!』
と、願いはそれだけでしたね。
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当時庭で犬を飼っていたんですが、雪の降る寒い夜に私は母に
「犬小屋に毛布を敷いてあげて!」と頼んでも聞いてもらえず、
「今日だけ玄関の中で寝かせてあげて!」と頼んでも 毛が抜けるから嫌だ。と断られ、次の日の朝慌てて犬小屋を覗くと、すでに小屋の中で固くなっていました。
一年生だった私は親の言うことを聞くしかなく、なすすべもなかったんですが
それでもかなり自分を責めました。
一緒に犬小屋で寝てあげれば良かった。とかコッソリ自分の布団を入れてあげれば良かった。。とか悔しくてコタツの中に隠れて声を殺して泣いていたら、母がのぞいてきて、「あら!泣いてるの!・・あんたでも泣くのねえ~」と笑われました。
たぶんその時でしょうね、初めて母に対して憎いという感情が湧いたのは・・・。
私には2つ下に弟がいたんですが、生まれつき小児喘息を患っていて、母は それはそれは可愛がっていたんです。
私も弟がとても可愛かった。 なのに。 どうしてもイジメてしまうんです。
一緒にお風呂に入っていた時、私は弟をいきなり突き飛ばしていました。
昔のお風呂なので、風呂桶の横にボイラーみたいなのが立っていて、とっても熱くなってるんですが突き飛ばしたら背中がそれに当たってしまい、『ジュッ』と音を立てて背中を火傷させてしまいました・・
大声で泣く声に母が飛んできて、背中から血を流している弟を悲鳴を上げながら抱きしめているのを呆然と眺めていて、頭の中で「こんなに可愛い弟に酷いことをしてしまった、なんてことをしたんだ私は!」とずっと考えていました。
その時の光景が頭から離れず、長い間心に引っかかっていたんですが 勇気を出して30年経ってしまいましたが弟に謝りました。
「そんなことまったく覚えてないよ~」と笑われてしまいましたが。
確かに当時弟は3歳か4歳だったけど・・それでも謝りたかった。
あの頃は、複雑な自分の行動がわけわからなかったけど、今はわかる気がする。
私も母に愛されたかったのに、弟ばかりが愛されて、私は弟に嫉妬していたんだと思います。
中学生になった私に「大きくなってしまったからやり返されちゃうわね。もう叩けないわ。」と母は言いました。
やり返すつもりなんて微塵も考えてなく、ただただ心は闇の中なのに。
弟が生まれてから私はいつも一人でした。
父は盲人なので、外出する時は母が腕を組んでガイドします。
そして母のもう片方の手には 弟の手が握られていて、3人並んで楽しそうにお喋りしながら歩いている姿を 私は後ろで一人ぼっちでながめていました。
ある日、ドブ板が外れているのに気づかず足の付け根までスッポリはまってしまったことがあって。もがいてももがいても足が上がらず必死になっている私を見て、母は「恥ずかしい!」と言ってサッサと行ってしまったんです。
その時は、世の中のすべてに置いてけぼりにされたような この地球に私は一人ぼっちなんだ。 そんな絶望感を感じたのをよく覚えています。
でもこの時は、母の手を振り払って小さい弟が「大丈夫!?」と駆け寄ってくれたんです。
「大丈夫、大丈夫!すぐ抜けるから!ほらみんな行っちゃうよ、行っていいよ!(^^)!」と平気な振りをしました。
なんとか足は抜けましたが擦り傷だらけになっていました。
でも心の傷は計り知れないほど大きかった。弟の優しさだけが救いでした。
59歳で母は癌で亡くなりましたが、亡くなる一ヶ月半前に病院から自宅介護に切り替えました。
その時に、寝ている母のそばへいき、小さい頃ずっとあこがれていた母の手を握りしめました。
『やっと手をつなげた』
願いが叶いました。
小さい頃に受けた虐待のトラウマは急によみがえってきて50歳近くなった今でも涙が止まらなくなったりしますが、やっぱり母が大好きなんですよ・・。
世界中の子供達が お母さんから愛されますように。
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